クソ大学生にも花束を

負け続けている男の話をしよう

友情のコンドーム

 

どうも、NGTです。

やってしまいました。僕は友を裏切ったのです。

 

 

〜7年前、NGT中学校2年生〜

 

友人A「お前今日誕生日やろ。これやるわw」

僕「こ、これは……‼︎‼︎‼︎」

 

 

僕は14歳の誕生日にコンドームを貰います。

 

 

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さて、皆さんにとって『コンドーム』とはどのようなアイテムでしょうか?

 

 

『避妊具』圧倒的多数の人間がそう答えるでしょう。

 

 

しかし、14歳当時の僕にとってコンドームとは単なる『避妊具』で終わる代物では無かったのです。ある種特殊な付加価値が加わったアイテム。

 

 

もちろんコンドームなんてコンビニやドンキで手軽に買えます。男子校である僕の母校にもコンドームを持ってきて注目を集める人間が多数いました。コンドームに水を入れ、水風船代わりに窓から中庭にぶん投げるだけで昼休み中笑い転げられる幸せな年頃です。

 

 

しかし彼らはコンドームの”本当の使い方”を一切知らなかったのです。ここでいう”本当の使い方”とはもちろん『避妊具』としての使用ではありません。

 

 

コンドームを持ってきて注目を集める人間と同様、僕もよくエロ本等のアダルトグッズを学校に持って行きました。それだけで僕の席の周りには大勢のヨダレを垂らしたクッセェ男子が群がり、文字通りクラスの中心と化すのです。しかし、僕は友人Aからもらったコンドームだけは財布に忍ばせておきました。

 

 

 

 

皆さんにこの意味がわかるでしょうか。

 

 

 

 

『コンドームを財布に携帯している』ことは『セックスを日常とする人間』であるための十分条件なのです。

 

 

 

 

まだピンときませんか?

 

 

 

 

当時の僕らはリア充とは対となる存在。リア充が太陽なら僕らは影。リア充が”舞踏会で踊り狂う貴族”なら僕らは”かわいそうなシンデレラ”。

 

 

しかし僕が財布にコンドームを密かに忍ばせているのを発見した友人は、僕をどう認知するでしょうか。

 

 

こいつ、いつもTENGAとか持ってきた時は見せびらかしてるのにコンドームだけは財布に隠してやがる……さては…セックスしているのか……‼︎

 

 

こう思うはずです。

 

 

友人達にこう思わせた時点で僕の完全勝利なのです。男とは世間体で生きる生き物。実際にリア充なのかは問題ではなく相手にそう思わせたその瞬間、男子校内最大のライアーゲームに凱歌を奏することができるのです。

 

 

すなわち、当時の僕にとって『コンドーム』とは、男子校内にて僕の地位を”かわいそうなシンデレラ”から”舞踏会で踊り狂う貴族”へと昇華させる『かぼちゃの馬車』だったのです。

 

 

 

友人Aからもらったコンドームを財布に忍ばせ続けなんと7年。財布が変わろうとこのコンドームだけは肌身離さず持っていました。このコンドームは友人Aとの友情を思い出させてくれる大切な宝物。

 

 

 

時にはコンビニのレジで1000円札を取り出す際にコンドームが飛び出し店員に苦笑いされました。しかしそんな中でも僕は友人Aとの友情を確かに再確認していたのです。

 

 

 

 

 

ここで、事件が起きます……

 

 

 

 

先日、6人くらいで居酒屋で飲んだ帰り際に、その中の1人が「わりっ。この後彼女の家行くんだけど誰かコンドーム持ってない?w」と言ってきました。キショいですね。

 

 

しかし、千載一遇のチャンス。7年間言いたかったセリフ。本当にこんなチ●ポ野郎にコンドームをあげてしまって良いのかという葛藤を他所に、このセリフを言いたい欲が溜まりに溜まり堰を切ったように僕は言い放ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、もってるけど?」

 

 

 

 

 

 

 

全身全霊のドヤ顔。

 

 

 

 

 

たぶんこんな顔だったと思います。↓

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財布の中からコンドームを人差し指と中指でスタイリッシュ挟み、渡します。

 

 

「サンキュw 助かるわw」

 

 

 

ところが、、、

 

 

念願の行為を果たした僕に待っていたものは満足感ではなく、虚無感。7年間肌身離さず持っていたAとの友情の証を場の勢いであげてしまった圧倒的虚無感。

 

 

それも、コンドームを渡すだけでイキってる自分に対する羞恥とコンドームをくれた友人Aに対する罪悪感を含有する虚無感。

 

 

7年間で僕は気付くべきだったのです。『かぼちゃの馬車』は非リア充しかいない男子校内においてだけ、僕の地位をリア充にまで飛躍させたように見せる代物だという事に。

 

 

僕とAとの友情の証は、あのイキりチ●ポ野郎とその彼女の交じり合った所産として2人の体液にまみれゴミ箱に捨てられたのです_______

 

 

 

 

あれから、目が回るほど美味しかったはずの二郎系ラーメンを食べても僕の心を完全に満たすことはなく、何か大切な人を失ったそんな気分で過ごす毎日。

 

 

只々自分が情けなく、Aに申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

あ、そうだ。LINEで謝ろう。

 

 

 

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友情とはクソである。

 

〜完〜